Unlimitedに上機嫌

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人を動かすカギは、多数派を意識づけることにあり?

かれこれ1週間、『行動経済学の使い方』を読み続けている。

昨日読んだ第5章「社会的選好を利用する」に、興味深い実験結果を見つけた。「贈与交換」に関するものだ。贈与交換とは、受けた恩を返したいという心理によって生まれる物々交換。年賀状や結婚式のご祝儀などが代表例だ。

被験者を6つのグループに分け、郵便物の仕分けのアルバイトをやってもらった。各グループには、以下の報酬を与えた。

  1. 10ユーロの給与
  2. 10ユーロの給与+7ユーロのボーナス(現金)
  3. 10ユーロの給与+7ユーロ相当の水筒(値札なし)
  4. 10ユーロの給与+7ユーロ相当の水筒(値札あり)
  5. 10ユーロの給与+7ユーロのボーナス(現金)OR7ユーロ相当の水筒(値札あり)
  6. 10ユーロの給与+7ユーロのボーナス(現金を折り鶴にして)

異なる報酬を受け取った6つのグループで、最も生産性の高かったのはどれか?

結果は、「1<2~5<6」の順で生産性が高かった。ボーナスを受け取ったグループは、受け取らなかったグループよりもテキパキと働く。それは、何となく分かる。給与額は事前に、ボーナスの有無は実験当日に伝えているため、ハッピーサプライズがやる気を引き上げたのだろう。しかし、ボーナスを与えたグループに大きな差はなかった。それが、現金であろうととモノであろうとやる気に差はでないということだ。しかし、1つだけ例外がある。現金を折り鶴にして提示した場合だ。内容としては、2と6のグループに違いはない。

では、なぜ同じ現金でも生産性に差が出たのか。それを理解するためには、市場規範と社会規範という概念を理解しなければいけない。市場規範とは、金勘定を指す。全く同じをするとして、10ユーロもらえる場合と15ユーロもらえる場合では、どちらがよりやる気になるか?当然、15ユーロもらえる場合だ。例えば、昨日まで15ユーロもらっていたのに10ユーロで同じ仕事をしろと言われればどうだろうか?おそらく、昨日よりもちょっと手を抜いてもいいやと考えるのではないだろうか。このように、与えるものと対価の計算をすることを市場規範と言う。

社会規範とは、まともな人間でいようとする働きだ。例えば、友人に引っ越しの手伝いをしてほしいとお願いされたとする。以前手伝ってもらったこともあることもある大切な友人なので快く引き受ける。業者に頼まず全て2人でやったため、6時間かかった。引っ越し終わりに、「時給1000円の6時間だから」と友人が6000円を渡してきたらどうだろうか?現金をもらえることは嬉しいかもしれないが、「金目当てでやったわけじゃない!」と怒りの感情も出てくるのではないか。自分たちの友情は金に変えられるものなのか、と悲しく思うかもしれない。人間関係において、金で解決しようとすると問題が発生する場合がある。今回の場合で言うと、「好きものを食べていいよ」と焼肉屋に連れていかれ6000円分の食事を奢ってもらった場合は、どうだろうか?おそらく、お互い笑顔で別れることができるに違いない。同じ6000円の価値を受け取るのでも、現金とモノで受け取るのとでは全く違う。金銭的な勘定とは別の「人としての思いやり」を考慮することを市場規範と呼ぶ。先ほどの例でいうと、時給換算し現金でお礼したケースは「市場規範」のみで考えており、時給相応の食事でお礼したケースは「市場規範+社会規範」で考えている例。

実験のボーナス支給法も同様で、同じ7ユーロの現金を渡すのでも、紙幣本来の形で渡す場合には市場規範のみが適用され、折り鶴の形にした7ユーロは市場規範に社会規範が付与される。お年玉やご祝儀の類も、ポチ袋やご祝儀袋に包んで渡すことで市場規範とは別に社会規範が適用され、「気持ちのこもった」贈り物として受け取ってもらえる。

社会規範を利用する

社会規範を利用した例として、クリニックの予約キャンセルを減らす実験が紹介されている。歯医者や眼科などの定期的に通う場合によくしてしまう、予約をすっぽかすケース。予約キャンセルは、クリニックの回転率低下による一時的な減収につながる上に、最悪の場合定期顧客を失うリスクもある。実験では、以下のような手順でキャンセル率低下に成功した。

  1. 予約時間を患者に書かせる
  2. 予約キャンセル数を張り出す
  3. 予約通りに来た数を張り出す

初めは、診療が終わり次回の予約をしたとき、患者自身に日時を書かせることにした。自分の手で書くことによって、「行かないといけない」という使命感(コミットメント)を高める。これを行った直後、キャンセル率が低下した。しかし、これは「予約忘れ」によるキャンセルを防いだだけである上に、自分で書くのが当たり前になると効果は薄まっていった。

続いてが、受付に予約キャンセル数を張り出した。これは、逆効果だった。「(数だけだが)キャンセルすると張り出されてしまう」という使命感に火をつけるのが狙いだったのだが、むしろ「キャンセルする人って結構いるんだ」と思わせてしまった。女性の活躍を進めようとする中で、「女性が代表取締役を務める企業は、上場企業の5%にとどまります」というようなアナウンスを見かける。これを見て受けるのは、「たった5%しかいないのか」というネガティブな感想だけで、もっと女性を押し上げなければという機運を作ることはできない。それよりも、「上場企業の80%に当たる企業が、女性を取締役に置いている」のほうが、「うちも女性を積極登用しなければ」という流れを生み出せる。持っていきたい方向によって、ポジティブ/ネガティブな多数派(に見えるのか)を見せる。

実験に話を戻すと、クリニック側はキャンセル率を下げたいので、「キャンセルした人がこんなにいます」よりも「キャンセルせずに予約通り来た人がこんなにいます」という情報を見せるのが最も効果的だった。人間は、多数派と同じ行動をとることに安心感を覚えるという心理を持っている。コロナ禍でのマスク着用が、典型的な例。科学的に感染予防効果は認められないと分かっていても、「マスクをしないとまともではない、マスクをしていれば叩かれることはない」という心理がある。社会を形成して生きる人間は、常に多数派を意識して行動を決めている動物であると言えるかもしれない。